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春を知らせる 山羊のチーズ

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フランス人は、山羊のチーズが店頭に出回ると、「 ああ、春だなぁ・・・」と感じるそうです。
日本でいうと、菜の花や山菜などでしょうか。
昔、山羊を飼っていたころのはなしをしておこう。

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旬のチーズ シェーブル

山羊のチーズの旬は、山羊の出産のサイクルによります。春は、山羊の出産の季節・・・。各地で仔山羊たちが誕生し、
雌山羊たちは、ミルクを飲ませるために大忙し。産まれてきた仔山羊にミルクを飲ませた後、チーズのためのミルクになるのです。
山羊乳(シェーブル)チーズは、熟成期間が短いものが多いため、4月、5月頃からちょうど旬になるのです。
貴重な山羊のチーズを是非、味わってみてはいかがでしょう。
爽やかなこの季節、ハーブやジャムなどを添えてパンと一緒に、草原の中で春を感じながら、旬のチーズを楽しんでみるのも贅沢なひと時です。
写真撮影 松平博雄 フランスの山羊
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photo H.Matudaira


小学校にあがるころ、母の実家では山羊を飼っていた。おじさんは朝夕と乳搾り、その脇でじっと見ていた。
シュー、シューとリズミカルで、勢いよく、乳房から真っ白い乳がやかんの中に絞られる。音も楽しかったのか当時のことが鮮明に思い起こされる。
戦後の間もないころなので、たっぷりと飲めた山羊のミルクの美味しさが忘れられない。


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昭和63年、自宅を飯綱に移した。小さな畑の開墾ができ、野菜作りが始まり、続いて鶏を飼った。小さな鳥小屋を作りしているうちに、今度は、山羊を飼うことにした。

その頃山羊を飼っている農家は、ほとんどなくなってきていた。
春先、生後1年の山羊がきたので、すぐにミルクが搾られる・・と言われていた。
山羊の乳房に触れるのは、この時が初めてであった。親指と人差し指(ひとさしゆび)で乳房の上をしっかりと握って、ミルクが逆流しないように、中指から小指にかけてゆっくりと握っていくことを教わっていた。

シュー、シューと懐かしい音が聞こえ始めた。リズムをつかむまでそんなに時間はかからなかった。「ナナ」と名前を付けていた。目を細め、気持ち良さそうにじっと静かにしていた。

乳搾りも慣れてきて夏から秋には、豆を取り出した枯れた枝豆の茎を食べさせた。ナナは喜んで食べていた。枝豆の枯れ枝を食べ始めたらミルクが濃厚になってきた。残暑が厳しいころ、山羊乳を水を飲むように一気に飲んでも、お腹がゴロゴロしないことを既に知っていた。当時、牛乳は、小さなグラスで飲んでしばらくするとお腹が鳴り始める。

山羊の飼育についての本を求めて、調べてみた。乳糖の量と質が母乳と似ていることを知った。晩秋になると、あちこちからリンゴが届く。中には、ボケてしまうリンゴがたまってしまうことがある。

そもそも山羊を飼うきっかけは、事務員の実家で、お兄さんが山羊を飼っていて、いろいろ教えていただいた。お兄さんはリンゴを手広くやっていた。見学に行くと、山羊小屋の周りにキズ物のリンゴが沢山あった。山羊に食べてもらっている、喜んで食べると聞いた。

ボケたリンゴも美味しそうに食べている。リンゴがしばらく続くと、またまた、ナナから教わった。ナナのミルクは、香りがやさしく、穏やかな甘みが加わったミルクとなってきた。食べる餌によって、こんなにすぐにミルクが変わっていくことを知って驚いた。

ナナが飯綱にきて半年が過ぎ毎日朝夕二回の乳搾りが日課になっていた。東京出張も時折あるので、その日は朝早く搾り出かける。いつもは夕方7時前後に搾っているので、遅い時間に帰ってくると、小屋から身を乗り出して「メエーー メエーー」とかん高い声で呼んでいる。乳房全体が張り詰めていて、しっかりと握るにも力が要る。搾り終わると乳房はしなやかになってきて、ナナも気持ちよさそうな顔をしてくる。

雪が降り寒さも厳しくなってきて、ナナは初めての冬を迎えた。12月の初め頃、翌年の小ヤギ誕生にとお見合いをした。乳の量は減ってきたが、搾る時間がずれると、早く来てくれと呼んでいる。乳房も冷たく、そわそわしているのが分かった。

何気なく、ふと思いついたことがあった。お湯を入れてバケツとタオルを持ってナナの所に行った。タオルをアツアツのお湯に漬け、しっかりと絞り冷たい乳房と周りを暖めながら拭こうとした。始めると逃げようとしていたが乳房にタオルを当ててしばらくそのままにしていたら気持が良いのかじっとしていた。しばらく暖めてやってから搾り始めた。

寒さが厳しくなって、この温シップがナナお気にいったのか、時間になると大きな声で、私を呼ぶようになった。

年を越し、お腹が少しずつ大きくなってきた。乳も減って来たが、相変わらずマッサージは続けていた。3月には、出産のため実家に帰った。

4月の初めに小ヤギが誕生し、ナナだけが飯綱に戻った。その頃からヤギを飼っていることが知り合いに伝わっていった。
ナナの住まいは、一坪ほどの粗末な小屋だった。鶏も増えたので、ナナの家と鶏の家を新築する計画を立てた。

家の周りの唐松を伐採をして丸太を用意した。唐松の丸太の家畜小屋の新築に弟たちと丸さんがやってくれた。伐採した後の根っこの掘り出しをしたら畑が広くなった。
ナナのミルクはたくさん出るようになってきた。

「飯綱に遊びに行っていいですか・・・」と声がかかり、休日に三人の若い女性たちがやってきた。三人の女性たちは、大学を卒業しお勤めをしている、一人はアメリカの大学を出て社会人になった皆優秀な女性たちだった。ナナの乳搾りが見たいと言っていたので時間をずらしていつものように搾ってやった。
女性たちは楽しそうにナナの乳絞りをじっと見てくれていた。一人の女性が質問を投げかけてきた。

「ヤギは何年飼うと乳が搾れるようになるんですか」・・・・・
質問の意味はすぐに分かったので、しばらく答えないで、彼女の顔をしっかりと見た。

動物ヤギ、牛が乳を出すことを本当に知らないのか、一瞬に頭の中は、真っ白いミルクに覆われたぐらいだった。しばらく返答できなかったが、彼女たちに、質問した。

「あなたたちは、何歳になったら乳が出るのですか・・・」
女性たちはお互いに顔を見ながら、質問には答えられない時間が経っていった。女性たちからこのような質問がされるとは、思いもよらなかった。

「ヤギも結婚して、妊娠し小ヤギを出産しないと、乳は出ないんだよ」と諭すように話したが、直ぐには反応してくれなかった。この件は、その後私のチーズ講習会のたびに、乳の話をする中で参加者に質問することにした。

「山羊 (ヤギ) は、いつから乳がでるのですか?」

いろいろなことを教えてくれたナナは、新しくなった小屋で、お隣は鶏20羽としばらく平穏な時が始まった。5年ほど乳絞りを続けた。


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平成6年7月25日、砂埃が風に舞う熱い熱い夏の日に、突然妻が旅立ってしまった。
しばらくして、ナナを飯綱から実家に戻した。一人では何も出来ないことを知らされた。

コメント(1)

いつもありがとうございます。
感動しました!!
昔、飼っていた山羊を思い出しました。
夕方になると、皆が農作業から帰ってくるのをまって、メエーメエーとないていました。母や兄が、戻ると一番に山羊の乳を搾っていたのを思い出します。
本当に懐かしい思い出です。これは山羊と暮らした経験があるからわかること思います。
今では、犬猫を家族のように可愛がっておりますが、昔は山羊も家族の一員でしたね。
本当に感涙しました。

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