
その昔、チーズづくりは農家の主婦の仕事でした。
娘は母の手伝いをしながらつくりかたを覚え、またその娘に・・・
チーズは、庶民の生活とともに風土に根ざして育った永い歴史をもっています。
その微妙な味わいの中には、
女の哀歓が、女の歴史が秘められている、と言えましょう。
チーズセミナーの開催を重ねて
昭和23年(1948)1月、先代諏訪繁雄が長野市居町に製菓材料店を開いて今年で丁度60年、人生で言えば還暦になります。
そんな節目の年を頭の隅に、昨年から当社ホームページや情報紙上でこの60年を思いつくままに振り返っておりますが、中でも、チーズセミナー開催を重ねてきたことに「当社の今日がある」と改めて痛感しています。
そもそも当社がチーズセミナーを始めたきっかけは以下のことに端を発しています。チーズはどんな人が求めているのか分らないまま、ながの東急デパートや小諸のツルヤスーパーでチーズの販売が始まりました。昭和46~7年のことです。それと同時にお客様からのクレームも増えてきました。
「チーズにカビが生えた...」「カビが生えたチーズは食べられますか?」。プロセスチーズでは経験したことのかったカビに対するクレームは青カビチーズから始まり、チーズトーストやピッツァに使われるマリボー、サムソー、ゴーダ等半硬質系のチーズにまで〝拡大〟。
プロセスチーズの原料は90%以上が海外から調達されるナチュラルチーズであるにも関わらず、「カビの生えないプロセスチーズこそチーズのすべて」「プロセスチーズの原料は九州や北海道の国産牛乳」であるかのような印象を与え、「本物のチーズ」の啓蒙をして来なかった日本の大手乳業メーカーに対して不満を抱かざるを得ませんでした。
そんな状況を打破するには「直接お客様(消費者)にチーズのおいしさを訴えるしかない」と、チェスコ㈱の松平社長(当時)に相談。
松平社長のご尽力によりデンマーク農業理事会のご協力とチェスコ㈱の後押しが得られて、一般消費者とりわけ奥様方を集めてのチーズセミナー開催にこぎつけることが出来ました。
昭和56年(1981)3月のことで、講師は長野日赤・小児科の川勝岳夫先生にお願いしましたが、松平社長も生まれ故郷でのセミナー開催にひときわ情熱を注がれたようでした。

以後、信州大学農学部教授の鴇田文三郎先生、前日本医師会会長花岡堅而先生、お料理の江上栄子先生、女子栄養大学の東畑朝子先生、お料理の山本麗子先生、デンマーク農業理事会日本事務所代表の小野澤鉄彦氏、エッセイストの本間千枝子先生と機会あるごとに一流の講師をお招きしてセミナーを開催して参りましたが、お話いただいた内容はそれぞれが今なお新鮮で光沢を放っていることに驚きます。
また、セミナーを重ねる中で、大勢のお客様に聴講していただき、その後はチーズ料理をお召し上がりいただくという「トーク&パーティ」のスタイルも確立されました。
セミナー開催にあたっては、いつもチェスコ株式会社をはじめ、デンマーク農業理事会、長野県牛乳普及協会、チーズ輸入の各商社、日本輸入チーズ普及協会、雪印乳業株式会社のご支援とご協力をいただきました。皆様に改めて心より御礼を申し上げます。
チーズセミナーの開催は、チーズ販売の貴重な歴史です。チーズセミナーの開催を通じてお客様と直接お会いし言葉を交わす中で「お客様から信頼されること」「お客様を裏切らないこと」の大切さを学びました
なお、昭和63年(1988)5月に開催しました花岡堅而先生のセミナーのタイトルは「人生80年、おいしく・楽しく・美しく」でしたが、同年7月に本社を長野市市場に新築移転してからの企業理念として「おいしく・楽しく・美しく」をそのまま掲げております。
それから20年――。
お客様と直接お会いできるスペースとして、平成14年(2002)3月23日には、旧社屋があった長野市居町に念願のチーズショップとイリア料理の店「トラットリア ジョイア」を併設して開店することが出来ました。
もちろん、チーズショップもレストランもテーマは「おいしく・楽しく・美しく」です。
平成20年1月1日
代表取締役社長 諏訪 勇
チーズのきた道 鴇田文三郎先生
鴇田先生との出会い「チーズのきた道」
チーズ販売に方向転換したものの暗中模索の日々が続いていた昭和53年(1978)10月10日(火)、信毎紙上の囲み記事に目が釘付けになった。
『ネパールなどで「乳文化」 探る信大農学部中心に』


という記事で、信州大学農学部の鴇田文三郎教授が予備調査に向かうという。チーズと言えば、とかくヨーロッパに目が向きがちだが「アジアもチーズの故郷」という着眼と、そして何よりも「乳文化を研究されている方がこの信州にいる!」という驚き。早速、鴇田教授著『チーズのきた道』(河出書房新社刊)を買い求め、むさぼるように読んだ。
同書で、東北大学農学部でミルク化学を専攻した鴇田教授がチーズ研究の第一人者であることを知ると同時にチーズの奥深さ、魅力を改めて知るところとなり、鴇田教授の講演を熱望。幸い、長野県牛乳普及協会秋山猛雄専務理事のお力添えにより、昭和59年(1984)6月、松本市の井上デパートで開催していた「デンマークチーズフェア」に合わせ、ホテル松本東急インで「ミルクと健康」と題して鴇田教授にお話しいただく幸運を得た。
また、翌60年(1985)7月には、オープンしたばかりの長野ロイヤルホテルで、「チーズその魅力とロマン」(セミナーとパーティ)を開催。信州大学から東京農大大学院に転進された鴇田教授に再び「ミルクと健康」と題してお話しいただいたが、東北の寒村に生まれ戦後の食糧難の時代にチーズの味を知らぬまま研究されていたことや、チーズが世界各国に古くからあった栄養豊かな食品であること、日本では仏教とともに伝来し、「醍醐味」の「醍醐」とは乳製品の最高位を表す言葉であることなどをお聞きし、チーズ販売に方向転換したことが正しい選択であったことを確信すると同時に、チーズ普及にさらなる情熱を注ぐことを社員とともに決意した。
以来、「鴇田先生」とお呼びさせていただくほど懇意におつきあいさせていただき、大学を辞され仙台に帰られてからも当社のイベント(『人生80年。おいしく、楽しく、美しく...』=昭和63年5月24日(火)など)にゲストとして花を添えていただいた。
大正9年生まれでチーズに関する著書も多数ある鴇田文三郎先生は、チェスコ㈱の松平博雄元社長とともに当社にとって忘れえぬ方々の双璧であることは言うまでもない。
企業理念 「 おいしく、楽しく、美しく 」
そもそも弊社が「おいしく、楽しく、美しく」という言葉を使い始めたのは昭和63年(1988)5月24日(火)、創立35周年と事務所・工場の移転新築を記念して、講師に花岡堅而先生(前日本医師会会長)をお招きしてトーク&パーティ「人生80年。おいしく、楽しく、美しく...」を開催したのが最初だ。高齢化時代が足早に迫ってきており、長野県が実施した県民意識調査でも「老後に不安」は63.1%、不安の内容として「健康」が69.1%にも達しており、「健康で長生きする」ためにはどうすべきかが切実な課題になりつつあった。
「明治43年生まれで78歳になる」という花岡先生は講演で、「人生80年時代をぴんぴん丈夫で長生きしころりと大往生するには、ミルクや乳製品に多く含まれる良質なたんぱく質やカルシウムが必須!」と明快にお話しされたことから、チーズ普及やレストラン事業をメインとする弊社の企業理念にふさわしいフレーズと判断。それ以来、「おいしく、楽しく、美しく」を企業理念として社内外にアピールしている。
バランス良く栄養価の高いチーズやチーズ料理をご家族やお仲間などと「おいしく、楽しく」食べることが会話や笑顔を生み、「美しく」長生きする秘訣...。「おいしく、楽しく、美しく」。そんな日々を過せたら、最高の人生と言えるのではないでしょうか。

1988(昭和63年)5月24日開催
人生80年。おいしく、楽しく、美しく・・・ 花岡堅而先生
長野市の新市場団地に工場・事務所の新築を開始し、完成が目前に迫った昭和63年(1988)5月24日(火)、創立35周年を記念してトーク&パーティ「人生80年。おいしく、楽しく、美しく...」をホテル長野国際会館(現ホテル国際21)で開催した。
講師は前日本医師会会長で長野市在住の花岡堅而先生にお願いしたが、時々遊びに来るI君から花岡先生がある講演会で「PPK」について話されたということを聞いての決断だった。
「PPK」とは誰しもが願う「ぴんぴん元気で長生きして、ころり大往生」の頭文字をとった言葉で、高齢化率(総人口に占める65歳以上の割合)は全国で11%、長野県で14%と高齢化時代が足早に迫ってきており、当時長野県が実施した県民の意識調査でも「老後に不安」は63.1%、不安の内容は「健康」が69.1%と、「PPK」、すなわち「健康で長生きする」ためにはどうすべきかが切実な課題になりつつあった。
ご講演依頼のため長野市吉田のご自宅に伺うと、「明治43年生まれで78歳になる」という花岡先生はお歳をまったく感じさせないお洒落なイデタチで、「人生80年時代を健康で長生きして、ころりと大往生するにはカルシウムを多く含んだチーズがいい」と明快にお話し下さったことから、トーク&パーティのタイトルを「人生80年。おいしく、楽しく、美しく...」とすることを即断。
当日のトークで花岡先生は「PPKには高血圧や糖尿病、高脂血症などが大敵。動脈硬化を促進して脳卒中や心臓病の原因になる。ミルクや乳製品に多く含まれる良質なたんぱく質やカルシウムをいかに摂取りするかが鍵」とわかりやすく、歯切れよく、そしてエネルギッシュにお話しいただき、約330名の受講者の皆さんとともに「チーズで高齢化時代を元気に乗り切る」決意と自信を深めた。
パーティでは、インドの楽器・シタールとタブラの演奏をバックに、チーズやチーズフォンデュなどをワインとともにお楽しみいただいたが、鴇田文三郎先生をはじめ㈱チェスコの松平博雄社長、長野県牛乳普及協会秋山猛雄専務理事、元長野生活学園長倉島日露子先生、元デンマーク農産物出荷委員会森信義氏、元雪印乳業チーズ研究所長泉圭一郎氏など大勢のゲストにもお越しいただき、チーズに関していろいろな立場からお話しいただいた。
なお、イベント専門誌『日経イベント』の山根太郎記者が取材に訪れ、7月号で「諏訪角商店のトーク&パーティー 講習会、料理教室で輸入チーズを拡販」とトーク&パーティーの様子が5ページにわたって大きく紹介された。
残念ながら、花岡堅而先生はPPKの願いも空しく、平成4年(1992)脳卒中で倒れられ、平成9年(1997)4月22日(火)心臓発作で不帰の人となられた。改めて心よりお悔やみ申し上げる。
「酪農王国デンマークに学ぶ食卓」 江上栄子先生
昭和46年(1971)3月、ながの東急デパートでの「デンマーク・チーズ・フェア」を皮切りにチーズ販売をスタートさせて20年周年を記念する「デンマークチーズフェスタ」を平成4年(1992)9月24日(木)、長野ロイヤルホテルで開催した。
前年(平成3年)6月にはIOC総会で1998年冬季オリンピック開催都市として「シティ・オブ・ナガノ」が決定、5月には弊社木村孝がデンマークにて「デンマークチーズ学校」を受講し栄えある「バチュラー・オブ・チーズ」の称号を授与される等々が重なってのタイミングであった。
講師として、テレビ「3分クッキング」で人気の江上料理学院院長の江上栄子先生をお招きした。江上先生は日本の食文化の普及、伝播に尽力される一方、世界60カ国の料理を研究。チーズやチーズ料理、ワインにも大変造詣が深く、『酪農王国デンマークに学ぶ食卓』をテーマにした。
お話しは、「江上と聞くとやや太めの母を思い出される方が多いと思いますが、私は息子の嫁」と会場をまず笑わせてから、「母は長い間チーズが日本に入るのを待っていました。色々な西洋料理を教えたくてもチーズがないと出来ないものがとても多いからです」「何度もデンマークを訪れていますが、いつも人の心の温かさを感じます。
デンマークの神話の中に『戸外から来て寒さで震えている人には火を』『山から下りて来た人には衣服と食べ物を』『祭りで来た人には水とタオルと歓迎の言葉を』という詩がありますが、この北欧の守護神オーディンの教えは『ヒュッゲ』という言葉で受け継がれ、やすらぎとかありのままに人を受け入れるという意味が込められています」「見知らぬ人でも、もてなしてよい気持ちで帰っていただくのがデンマーク」「デンマークではチーズを普段から何種類か用意しておき、そのチーズを素晴らしい演出方法で食卓に出しておもてなしします」「デンマークの人々の心の豊かさは、カルシウムを多く摂っているからだと思います。
カルシウムはイライラを防いで思いやりを多くします。デンマークの人は一年間に一人12キロもチーズを食べます。これは日本人の10倍」と続き、最後に「お嫁に来たとき、母から『自分の好きな食べ物を作らない』『人の出入りの多い家にしなさい』と言われましたが、とても大事なことだと思っています。前者はいつも人のことを考えて作るようになり、人の気持ちがわかるようになりますね。後者は視野が広くなり、積極的になります」「食べることで私達の健康が作られ、食べることでみんなが豊かな気分になれることを忘れないで食卓を大切にしていただきたい」と結ばれた90分は、江上先生のふくよかなお人柄そのままに、主婦を中心とした多くの受講者を魅了した。
ご講演後は、デンマークチーズを使った料理や長野市在住倉沢信子さんのインディアンハープの演奏をお楽しみいただいた。
また、3年後の平成7年(1995)8月30日(水)にはNBSホールで「ホテル・レストランにおけるテーブルサービスセミナー『おもてなし』とは?」をホテル・レストラン関係者や一般の皆さんを対象に開催。長野冬季オリンピックが目前に迫る中、外国からやってくるアスリートや役員、観光客などにどのような「おもてなし」をすべきか...。
実際にテーブルをセットし、各種サービス、特に起こりうるトラブルへの対処などをイタリアのストレーサ国立料理・ホテルサービス専門学校サービス科ジョバンニ・ロットリー主任教授に学び、江上先生にも世界各国のおもてなしについてお話しいただいた。
セミナー後、長野ロイヤルホテルに会場を移してチーズ&ワインパーティを開催。その席上で江上先生に印象に残るおもてなしについてお聞きすると、「着飾ることなく普段通りが大切...」とアドバイス。
その後、江上先生とはお互い「フランスチーズ鑑評士(シュバリエ)の会」メンバーとしてご懇意にさせていただいている。
チーズを扱いはじめて25年あまり、チーズの日(11月11日)が制定されるなどチーズが食生活に定着しつつあった平成8年(1996)12月1日(日)、創立45周年を記念してフードドクターとしてご活躍中の東畑朝子先生を講師に「醍醐味への誘惑」と題したセミナー&パーティを長野駅前のホテル・メトロポリタン長野で開催した。
東畑先生は女子栄養大学講師のかたわらチーズ&ワインアカデミー東京講師をお務めになっており、そのご縁でのお招きで、セミナータイトルは東畑先生の著書「チーズの知識と応用―醍醐味への誘惑」(グラフ社刊)から引用させていただいた。 「チーズはもちろんおいしいから食べるのです」で始まった東畑先生のお話しは、「醍醐味とは仏教から出た言葉で、本当においしいものを醍醐味」と続き、チーズの栄養素(特にカルシウムやビタミンB2)や吸収率、チーズとアルコール、チーズとコレステロールなど多岐に及び、受講者の皆さんとチーズの効能を科学的に再認識する良い機会となった。
セミナー後は「ワインとチーズの晩餐」と題してパーティを開催。講師の東畑先生やゲストの㈱チェスコ顧問の松平博雄氏などに改めてチーズとの関りなどをお聞きし、仏教が生まれた国インドの楽器・シタールやタブラの演奏をバックにチーズ料理やワインを思う存分お楽しみいただいた。
チーズに恋している人、至急連絡乞う
創立45周年記念して、もう一つ大きな事業を実施させていただいた。それはセミナー&パーティの告知広告と兼ね、10月13日(日)の信濃毎日新聞紙上で「チーズに恋している人、至急連絡乞う。」とチーズにまつわるエッセイやレシピなどを大募集した。その結果、予想をはるかに上回る105名の皆様から106点ものすばらしいご応募をいただき、翌平成9年(1997)7月、「チーズと私」という一冊の本にまとめ、ご応募者全員にプレゼントすることができた。
「チーズの向こうに笑顔が見える」「チーズにうたう」「おいしく、楽しく、なごやかに...」「旅先で食べたあのチーズ、そして、出会い」「記念講演 醍醐味への誘惑 東畑朝子氏」の5章からなるこの一冊には、チーズへの熱い思いが宝石のように散りばめられており、何ものにもかえがたい貴重な財産となった。
また、信濃毎日新聞に出稿した広告は同年の信毎広告賞を受賞、出版と合わせ二重の喜びとなった。
醍醐味への誘惑 東畑朝子先生ご講演記載ページを別ウインドウで開きます。
21世紀へのカウントダウンが始まった平成12年(2000年)12月6日(水)、チーズ普及35年謝恩企画として「SUWAKAKUチーズセミナーおいしく、楽しく、美しく」をホテル国際21で開催した。
「信州っていつもおいしいね」 山本麗子先生
講師は北佐久郡北御牧村(現東御市)にお住まいし、お菓子と料理教室を主宰されるほか、テレビやラジオ・新聞などで幅広くご活躍中の山本麗子先生にお願いしたが、その理由はNHKテレビ「今日の料理」でグリュエールチーズを使ったチーズ丼を紹介されていたことによる。
信州に移り住んで7年目という山本先生は信州の自然や食材などのすばらしさにすっかり魅了され、信濃毎日新聞社から「信州っていつもおいしいね」という本を出版されたことから始め、本当のおもてなしとは「家族がいつもおいしい」と思って食べている料理をもてなすこと、核家族化の時代にはホームパーティで楽しい食事のひとときを、小さい子には料理をさせるべき、料理にはほめ上手や食べ上手が必要とお話しされ、チーズと信州産ジャガイモを使った簡単レシピを紹介。
最後に感謝の気持ちを持ってお食事を!と結ばれたが、小柄ながらエネルギッシュなパワーには圧倒された。
講演後はパーティに移り、山本麗子先生のレシピから「オニオングラタンスープ」「ライスグラタン」「ほうれん草とジャガイモのキッシュ」の3品も登場。
シュバリエの最高位「グラン・オフィシェ」とチーズ専門職最高位「プロフェッショネル・フロマージュ・アフィヌール」の両称号を日本でただ一人持つチェスコ㈱取締役村山重信氏にも最近のチーズ事情をお話しいただいた。
なお、セミナー受講者に初めてアンケートを実施し、231名(女性が94.8%、30~50代が約70%)から回答を得た。
それによると、「チーズを食べる頻度」は「毎日」と「2~3日に1回」が合せて53.3%、「週1」も合わせると86.8%に達し、チーズが日常の食生活にすっかり定着したことが実証された。
「好きなチーズ」は、「カマンベール」25.6%、「クリームチーズ」23.6%、「モッツァレラチーズ」20.4%がベスト3。「好きなチーズ料理」は、「ピザ」「グラタン」が圧倒的。
チーズに限らず「インターネットショッピングで購入したことがありますか?」の問いに、「ある」と回答したのは、わずか6.8%だった。
現在、同じアンケートを実施すれば、どのような結果になるか、興味深い。
「食・ねぐら・愛」ヒトが人間に育つところ 本間千枝子先生
長野市居町の旧社屋跡に新築していた「アグリナシェンテimachi」(2Fトラットリア・ジョイア、1Fカフェ・ダルドージェ)のオープン記念と創立50周年記念を兼ね、平成14年(2002)3月13日(水)、長野駅東口メルパルクでエッセイストの本間千枝子先生を講師にお招きし、トーク&パーティ「『食・ねぐら・愛』ヒトが人間に育つところ」を開催した。
「本間先生に講師を!」と決めたのは、前年8月18日(土)の日本経済新聞に掲載された「『食』からのぞく森羅万象 物語通して子供に伝える」と題した本間先生の記事を読み、食と子育てについて考えてみることが「新しい食の物語」のスタートにふさわしいと判断したからだ。
トーク&セミナーに先立つ2月25日(月)には日本教育会館一ツ橋ホール(東京)で開かれる学校給食全国集会に本間先生が講師としてお話しされることを知り、スタッフを派遣、当日に備えた。
当日、ご招待者を含めて760名にのぼる受講者を前に本間先生は「ピアノの調律をしていた父が松代生まれで、私も父のくにのはずれに土地を求めて家を建てたことがあり、長野はかくべつに想いの深いところ」と静かに語り始め、「アメリカに7年間滞在したこともあり、食べることから、食と命、食のいろいろな背景などを考えるようになり、物書きになった」と全粒粉使用で手作りのグラハムパンの逸話などを紹介。
「子供に関わる暗いニュースが多いが、子供は家庭や地域、社会で育つ。子供の幸福のためには、愛情のある親と食卓が必要」「人間が育つための3大要素として『衣・食・住』と教えられたが、アメリカなどでは『食・ねぐら・愛』。日本では愛はどこへ消えたのか。子供が育つためには愛のある食卓、愛のある言葉が必要」「食を考えることで、愛するものの命をすこやかに伸ばすことができる」...。最後に「食を通して日本の社会をもう一度すばらしいものにしていきたい。皆さんにも、是非ご協力いただきたい」と熱く結ばれると、会場から賛同の大きな拍手がわいた。
講演後、テノール歌手高橋淳氏の独唱(ピアノ演奏瀬在晶子氏)が会場を魅了。3月23日(土)オープンの「アグリナシェンテimachi」スタッフ紹介や抽選会があり、パーティに移った。
パーティでは、ふんだんな料理に焼きたてのピザやチーズ料理、日本酒などが卓上を賑わし、高田亮氏のマリンバ演奏、瀬在正生氏のホルン演奏、高橋氏の独唱などが花を添えた。
なお、トーク&パーティ受講者全員に「新しい食の物語が始まる」と題した20ページに及ぶカラー印刷の資料を作って手渡し、「家に帰ってから本間千枝子先生のお話しを振り返る参考になる」と喜ばれた。
3月23日(土)には予定通り「アグリナシェンテimachi」がオープン。試行錯誤の日々を経ながら今日に至っている。




チーズセミナーを始めた理由が、お客様のクレームが始めで、直接チーズの美味しさを伝えるために始めたのがわかり、御社はチーズ業界やお客様のために、努力してきたのがわかりました。
先生の著作をぜひ読んで見たいと思います。チーズについていろいろと調べて見たいと思います。
昔から、母親にカルシウムを取るなら乳製品が良いと聞かされてきました。特に、チーズは発酵食品で身体に良いと教わりました。骨粗鬆症などの予防に、特に摂取すべき食品だと思います。
私もチーズが好きなので、チーズと私と言う本を読んで見たいと思います。